日本の出版市場のピークは1996-97年ごろにあった。つまり、紙の本が売れないと言われ始めてから、ゆうに四半世紀をこえているわけだが、それでも未だに出版業界が成立している理由のひとつには、電子書籍の出現と成長がある。とくに2019年以降、紙と電子書籍(ebook)を合わせた出版市場は、3年連続のプラス成長となった。もちろん、紙の落ち込みを電子書籍がカバーする形だ。つまり市場の売上だけを見ると、どこまで進むかわからないとはいえ、紙が電子書籍に置き換わっているといえる。
実際、電子書籍は便利で、いくつもの点で紙の本より優れている。デジタルだから場所を取らないし、どんな端末からでも、いつでもどこでも読める。値段も紙の本より安く設定されていることが多い。中身を検索することもできる。多くの読者がマーキングした箇所がハイライトされたりもする。
けれど一方で、私たちが紙の本に求めてきたもののすべてを、電子書籍が叶えてくれているかといえば、必ずしもそうではない。そもそもデジタルデータに過ぎない。だから触ることもできないし、部屋に飾ることも積むことも、友達に貸すことも借りることも、紙の本のようにはできない。不要になっても、売ることもできない。
ひとことでいえば、いくらバーチャルな本棚に並べられていたとしても、電子書籍は〈私のもの〉だと感じさせてはくれない。実際に、多くの電子書籍サービスにおいては規約上、購入者にあるのは利用権であり、所有権ではない。〈私のもの〉ではないのだ。
そこにNFTがあらわれた。まだ民法上の定義が追いついていないため、現状ではNFTも法的な所有権は認められていない。けれどそれらの、ブロックチェーン上に記録される一意で代替不可能なデータ単位は、多くの人々の了解の上で所有されているものとみなされ、マーケットで売買されている。つまりNFTは、おおよそ〈私のもの〉だ。少なくともそのように取引されている。
NFTが話題になったのは、まず美術品としてだった。それは財布=ウォレットのアナロジーから飛び出して、いまはメタバース上の美術館に見立てた空間に、飾ることができるようになった。けれど実際のNFTはどんなデジタルデータでも乗せることができる仕組みであって、あくまで美術に向いていたにすぎない。
私たちはむしろ、本なのではないかと思った。本に当てはめてNFTを考えてみると、デジタルデータである利便性を保持したまま、電子書籍に足りないもの、失われているものを取り返せる。それは言うまでもなく、私の本は〈私のもの〉である、という実感だ。
私たちはebookならぬNFTbookをつくり、販売してみようと思う。それはちょうど、NFTの美術作品が単なる.jpg にすぎないというのと同じ意味で、ある側面から見ると、単なる電子書籍のように見える。購入すると、.epubや.mobi、.pdfのデータがダウンロードできる。
ただし販売数が限られている。印刷された部数しか市場に流通していない紙の本と同じだ。多くの紙の本と違うのは、購入者限定のクローズドなコミュニティやイベントへのアクセス権があり、そこで著者や他の読者と交流できることだ。私のウォレットに入っている、私のNFTbookから、そのアクセス権がもたらされる。メタバース上の部屋で、友達に見せることもできる。いずれは美術館ではなく本棚をつくって提供し、人々が部屋に飾ったり積んだりすることも実現可能だ。
今回私たちのNFTbookでは、貸し借りができる仕組みもつくった。紙の本を貸しても所有者が誰であるかという事実は揺らがないように、私たちのNFTbookも、貸している間も〈私のもの〉と感じられ、借りている側はあくまで〈一時的に借りているもの〉と感じられる状態を表現できるようにした。
所有者のNFTbookは〈私のもの〉なので、不要になれば売ることができる。たしかに、ダウンロードした.epubや.mobi、.pdfのデータは手元に残せるので、売ったあとも読むことはできるかもしれない。けれど、NFTの美術作品が単なる.jpg としては右クリックでコピー可能であったとしても、売ってしまえば〈私のもの〉でなくなるのと同じように、NFTbookもまた、売れば〈私のもの〉とは感じられなくなる。
けれどまた欲しくなれば、買い戻すこともできる。買い戻せば再度、ウォレットに並ぶ。自分がかつて売ってしまった本を、また本棚に並べたくなって、古本で買い戻す感覚に似ているかもしれない。あの本が、また〈私のもの〉になった。
今回、この実験に取り組む私たちは、本を愛するチームである。電子書籍というやや不十分なものが流通している業界に、小さな一石を投じることがひとつの目的だ。この手法を、著者や出版社のみなさんにオープンにしていきたいと考えている。
そして同時に、NFTの本質は決して、2022年現在向けられているような投機的なまなざしの先にはない、という立場にあるチームでもある。あえて言うなら、NFTとはこの程度のものなのではないか、だからこそ楽しそうではないか、という問いでもあるつもりだ。
NFTbookの世界へようこそ。
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投稿日:2022年6月14日